日曜日, 5月 19, 2013

極私的南国見聞録(その1)



遂にその日が来ました。
初の脱日。
正直ここのところソワソワソワソワして、いつも以上の心ここに在らず状態。
私の心は一体どこにあるのでしょうか自分でも不安になります。

心のことはさておき、今回の旅行はパッケージツアーで、到着後の2日間はオプショナルツアーが強制的に組み込まれており、後の2日は終日フリー、その翌日に帰国といった旅程。場所はアメリカハワイ州のハワイ島。日本人もしばしば訪れる場所であるため、日本語もある程度通じる国外初心者の私でもきっと安心なプランだったのです。


家を出発したのは5.11の午後、そして成田を飛び立ったのが19時過ぎ。ホノルルを経由し、10数時間の移動を経て目的地に着いたのは5.11の昼前。
!?
のっけからミラクル!
世界には不思議がいっぱいです。
(目的地と日本の時差は19時間、ほぼ丸一日違う)


ただこの移動、なかでも成田→ホノルルが私と妻の体力を大きく減耗させたのでした。
機内では、出発して早々に飲み物や夕食が出され、その後少しの時間をおいて消灯。大抵の人はこの消灯の後に映画を1本ほど見て寝るのですが、いざ寝始めようとしてから苦闘が始まりました。

座席のクラスは勿論エコノミーでしたが、私にとっては初めての米国籍の航空会社であるデルタ航空(パックだったのでJAL,ANA,大韓航空,デルタのなかから勝手に選ばさった)。大きな期待はしていませんでしたが、いっぱしのサービスがあるものと思っていました。
でも、最も大切な座席に問題が、、シート自体には全く問題を感じませんでしたが、一人あたりに与えられたスペースが狭すぎる。シート前の足を置いておくスペースが30cmぐらいしか無いように感じました。それって、移動時間がずっと短いANAやJALの国内線より明らかに狭い空間です。
その席に7時間強縛り付けられるのは流石に体がキツい。4時間経ったぐらいから足腰がツラくなりました。エコノミー症候群ってこうやってなるんだなぁなどと考えながら、辛い体をどうにか落ち着けてウトウトしていると、後方よりフライトアテンダント達による大きな話し声が聞こえ始めたではありませんか、しかも5分とかそんなレベルではなく会話はずーっと続き、私と妻は結局殆ど寝られませんでした。

ほぼ不眠のままホノルルに到着。遂にハワイかー!と感慨にふける間もなく、直ぐにハワイアン航空にトランジットするため一度空港の屋外を目指しますが、そこでもう一つ当初旅行会社で聞いていた手はずと違う小さなアクシデントが。。

一度預けた預託手荷物を引き取って団体出口を出るはずが、通関のあと空港の出口付近のカウンターで取り締まりの女性に止められたのです。その瞬間は女性に何を言われたのか分からなかったので、大きな荷物を持ったまま再度外に出ようとしたところ、やはり止められ、「ニモツゼィロ〜」と言われました。「ん?」と不思議な顔で再度その女性を見つめると、また同じく荷物を指して「ニモツゼィロ〜」。そして荷物を預けるようにと荷物検査所を指されました。
こうなったらもう言われるがままにするしかないと考え、内心ドキドキしながら妻とともに荷物を預けに向かい、もう一度カウンターへ。さっきの女性は、早く行けシッシッと傲慢に我々を誘導します。思わず汚い言葉が私の口から漏れるところでしたが、ここをすんなり通れないと困るので黙って通過すると、腹を立てていた妻が遠くから女性の方向に抗議の目線と親指を下へ向けたかたちの握りこぶしを。(そんな妻を見て、この人怖いって思ったのはここだけの話。)

ようやく到着ロビーから出た我々は、屋外にて乗り継ぎをサポートしてくれる現地ツアー会社のスタッフの方と落ち合いました。
その御仁、見た感じ現地の人でしたが日本語が上手でなかなかに感じのいい青年でした。そんな人に心が救われ、いざ気を取り直して乗り継ぎ便の荷物検査のゲートでまた止められます。

成田で荷物検査所を越えた後に買ったビールや水が引っかかったのです。アメリカの空港では、どうやら液体を手荷物として持って行く時は、その量などに制限があることは我々も重々承知していたのですが、成田で手荷物検査所のを通過した後に空港内で購入し飛行機に乗せていた液体もホノルルではダメ捨てろと。加えて、登場者全員靴を脱いで荷物と同じくエックス線を照射させろと。アメリカの厳しいテロ警戒を肌に感じました。



つづく...

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