
STYLUS TG-3
こっちでは池の管理と言えば「かいぼり」。
僕が昔住んでいた真っ平らな越後平野、その後長く住んだ北海道には「ため池」が全くと言っていいほど無く、「ため池→管理→かいぼり」に対し、個人的には全く馴染みがありません。
昨年、吉祥寺あたりの有名な池で行われた事で少し脚光を浴びましたが、それ以前も以後もここまで頻繁にあちらこちらでやるものなのかと、文化の違いを感じています。
さて、本日は割と近くの有名な場所でこのかいぼりに参加する貴重な機会をいただいたので参加して来ました。
(転勤後のここ数年で何度か経験はしていますが)
その後思ったことを書きます。
なお、断っておきますと、以下の駄文は目的や方法が明確になっていた本日のイベントを否定するものではなく、また、生態系・環境保全のため考え抜いた先に必要性にかられて行われるかいぼりを否定するものでは無く、目的や正しい方法がとられないままに行われるイベントかいぼりや雰囲気だけのかいぼりについて考えたことです。
まず、かいぼりの目的です。かいぼりをしないと池の環境が保てない、昔からため池はこうやって管理されてきたと伝え聞きます。
確かに、有機的な環境が多く、生き物がため池の個体群だけに頼らない状況であればよかったのかも知れませんがでもこれ、ため池につながる水路、田んぼが失われつつある現在、生態系に与えるインパクトは大だと思うのです。
まあ、街中に残されたため池なんて今や外来種の巣窟なので、別に何も言うことは無いって感じですが、池の管理、何かやらなきゃ→「そうだ、かいぼりだ!」ってのは違うかなと。
そもそも地元の人が昔に比べて池が汚くなってきたんだよね、っていうのは水の循環に問題があるのだと思います。
昔は斜面の下には湧水が多く、すり鉢状の地形であれば大抵沢や湧水が流れ込む事によって新しい水が池を通って流れ出していくのが普通かなと。
ところが今は、丘陵地の森が切り開かれ開発される→湧水や沢の水量が圧倒的に減少→水が滞留してしまう→水質の悪化が起こっている状態で、だからといって水をポンプアップするなり水道水を流し続けるといった方法は維持費がかかりすぎる。このため他に打つ手がなくてのかいぼり実施となっている気がします。
かいぼりはタダで働いてくれる人手さえ集めれば低コストで行える手段。っていうことになってしまっているのかなと。
生物多様性の保全をするのは自分たちの資産だから、生態系を保全するのは自分たちの生活に関わるからという文を最近目にしました。
僕はこの考え方は最もなことだと思います。
だから、小手先ではなく、対価を払って根本的に解決することが必要だと思うのです。
今は啓蒙普及のための準備期間とも思いますが、果たして環境なんてタダでできるでしょという考えを助長させやしないかとも思います。
まだまだ僕自身の理解が足りません。いい機会なのでもっと勉強せねば。

E-M1;M.ZD12-40mm PRO
さて昨日、人から「おめでとう」と言っていただける機会があり、妻からもご馳走をおごってもらいました。
そんな言葉をかけてくれる人たちに感謝を伝えるため・己のために精進精進であります。
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